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モミの木の剪定

 お庭の手入れと聞いて、一番に思い浮かべるのは枝葉を切る「剪定(せんてい)」ではないでしょうか。一般的には、長くなった枝を切りカタチを整える散髪的なイメージ。ところが、剪定にはただ整形するだけではない大切な意図がこめられていました。

 この日、無鄰菴の担当職人・出口健太さんが剪定を行っていたのは、庭の北東側の芝地に生えるモミの木。

「母屋前からの景色を見たとき、重たく感じた」ため枝を透かすことにしたと出口さんは言います。母屋に近いモミの木を透かすことで、周囲の景色となじませ、庭園を広く感じさせる効果があるそうです。説明の間にも、樹上にいるもう一人の職人の手で透いた枝が落ちてきました。

 剪定は木にとても負担がかかります。人間で言えば手術。タイミングや加減を誤ると枯れてしまうことも。そのため職人は時期から切り方までさまざまな配慮のもと剪定を行っています。

モミの木の剪定は必ず秋から冬にかけて行われます。冷涼な土地がルーツであるため、夏場に剪定をすると強いストレスがかかるというのがその理由。無鄰菴のモミの木の成長速度では2~3年に1度のペースが最適だと出口さんは話します。

実際に枝を剪定する際のポイントは、適切な箇所で切ること。つけ根ギリギリすぎても、長すぎてもいけません。これは自然な見栄えにするための配慮も含みますが、一番の理由は木の自然治癒力を引き出すため。枝のつけ根には「保護帯」と呼ばれる防御層があります。ここを侵してしまったり、枝を余計に残すと、うまく傷口を巻き込んで治していくことができず、外から菌が入り込んで幹を腐らせる原因になってしまうのです。どこでも切ればいいというものではありません。

 さらに枝を剪定する道具も大切なポイントです。切断面がなめらかだと、傷は早く美しく治ります。切れ味を損なわないよう、剪定道具の手入れは欠かせません。

 こうした樹木への細かな配慮を重ねて、一本一本の枝が落とされていきますが、これらの配慮はあくまで剪定の前提となるもの。剪定で最も大切なものは何かと尋ねると、出口さんからは次のような答えが返ってきました。

「庭は一本一本の個性の集合体です。それぞれの個性が発揮された上で、全体としていかに美しく在れるかが重要なんです。だから剪定で最も大切なのは、その木特有の良さをいかに引き出すかにあります。」

「若い頃、上司から『植物に愛情を持って接しろ』と言われたけど、当時は意味がわからなかった。でも今は愛情というか、植物の状態を読み取りながら丁寧に接していれば、必ず応えてくれる実感があります。」

ただ伸びた枝を切るだけではない。カタチを整えるだけでもない。植物と対話して個性を引き出すことで、お庭全体の美しさを保つのが剪定。

 剪定後のモミの木はすっきりとして、お庭の風景に馴染んでいました。しかしその存在感は剪定前よりも増しているよう。無鄰菴のお庭のリラックスした自然美は、職人と植物の信頼関係が生み出しているのです。

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