「従来の人は重に池をこしらえたが、自分は夫(それ)より川の方が趣致がある。」無鄰菴の施主である山縣有朋が残したこの言葉は、無鄰菴庭園の流れがいかに彼の庭園観に欠かせないものであったかを如実に物語っています。琵琶湖疏水の水を導入し、あえて「川」の景観をつくった山縣は、ただ鑑賞するだけではなく、五感で味わえる庭園を目指しました。その自然景観を支えているのは、軽快なリズムで絶えず無鄰菴庭園内で躍動する水の流れなのです。
この重要な役割を担う無鄰菴の流れを定期に掃除しなければならないのは言うまでもありませんが、担当庭師の出口健太さんが週1回の頻度で流れ掃除を行っていることはご存知でしょうか。「2週間空けるとヘドロが目立ってしまうので、目につくところは綺麗にし、清潔感をだすために、まめに掃除する必要がある。」と彼は説明します。この作業をより深く理解するために、3月25日に三段の滝の掃除を取材しました。
この日は雨天でしたが、雨の日にはヘドロなどの異物が流れやすくなり、逆に流れ掃除に適している状況だそうです。また、早春とはいえ、3月末はまだ新緑が芽吹く前の時期であるため、特に夏場の手入れと比較した場合、流れ掃除は基本的に行いやすいです。このように、時期や日によって日々の庭園管理にかかる時間と労力が変わります。
それでは、この日の作業を紹介しましょう。まず、滝の最上段を掃除するところから作業が始まります。藻やヘドロが最初に溜るのはここなのです。
無鄰菴庭園の流れ掃除は滝の上から始まる。
そこから一段ごとに掃除は段階的に進行していきます。濁った水が下へと流れるにつれ、各段の透明さが徐々に回復し、やがて濁りが三段の滝の前にある滝つぼから流れていきます。たった1週間でこれだけの濁りが蓄積されるのを見れば、定期的な流れ掃除が必要な理由がよく分かります。
また、流れ掃除には庭の現状を注意深く観察し、やるべきことを確認することが何よりも重要です。庭園管理が全般的にそうであるように、「気づく」能力が欠かせません。出口さんは、滝への視点場でもある沢飛石からその周辺を確認し、そこから見た景色にどのような調整が必要かを判断します。
沢飛びから滝や渓流の様子を確認する。
例えば、傷んだシダとか茶色くなったセキショウなどの水辺の植物も、あわせて綺麗にするのも重要なポイントです。
同じ場所からセキショウやシダの手入れもする。
そして、出口さんがこの場所から確認する事項には、滝や渓流の見た目だけでなく、その水音も含まれます。例えば、流れの中の小石の位置を調整することで、渓流の音も微妙に変化するのです。「小石の配置を変えることで水の音も変わるので、たまに触ったりする。この石の向きをわずかに変えることで、水音を程よくすることができるので心地良いと思えるような音に微調整する。」と出口さんは説明します。目だけで景色を確認するのではなくて、耳も使わなければなりません。
小石を動かして、水の音を調整する。
このように、山縣が意図した五感で味わえる無鄰菴の景色は、その流れの清涼感をいかにだすのかにかかっています。だからこそ、こまめに流れ掃除を行うことが重要なのですが、これは無鄰菴には限らず、「南禅寺界隈の琵琶湖疏水の水を引いている庭はどこでも同じだと思う」と出口さんは話します。
琵琶湖疏水の水を引いているという事実は、無鄰菴庭園の歴史だけではなく、現在の日々の手入れにも影響を及ぼし続けているのです。次に来園される際には、ぜひ無鄰菴の本質的価値を現在に伝えているこの清らかな流れに注目してみてください。
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