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まなざしが育てる文化財…SNS撮影担当が見つめるもの

早朝、まだ誰も踏みしめていないお庭の園路で、一人、心が揺さぶられる景色を探す。 冬の凛とした空気。琵琶湖疏水を引き込んだ流れの湿り気が肌をなで、せせらぎの音、鳥の鳴き声が静寂に息吹を与えていた。ふと立ち止まり、足元の苔にレンズを向ける。紅葉の落ち葉がひとひら。苔とともに霜をまとい、やわらかな朝の光にキラキラと輝いていた。

文化は愛でるまなざしを失った時、息絶える

無鄰菴のお庭は、明治時代に山縣有朋が想い描いた景色を現代に残すべく、職人の手によって日々手入れされています。 しかし、お庭を護るために必要なのは、剪定などの物理的な管理だけではありません。庭師自体が「絶滅危惧種」と危ぶまれる現代において、同様に危惧されるのが、日本庭園を自宅に作ることが少なくなったことなどに起因する、庭を愛でる人口の減少。文化は、それを愛でる「まなざし」を失ったときに息絶えるのです。

だからこそ、私たちはこう考えています。無鄰菴の景色を切り取り、多くの人に届けるSNSでの発信は、まなざしを育むこと。それは広い意味でお庭の育成管理・保存活動の一環と言えるのだと。
その最前線には、一人のスタッフの姿があります。

「生きる文化財」として、愛でる

「早朝が、無鄰菴が一番輝く時間だと感じます」
そう語るのは、長らく無鄰菴に勤めてきたスタッフの大島さんです。

「その日、まだ誰も踏みしめていない園路を歩いて、その時に『いいな!』と感じたところを撮影しています」

冷え込んだ冬の朝。湿り気のある空気が頬をなで、ヒヨドリのさえずりが響く中、ふと膝を落としてシャッターを切ったのが、冒頭の一枚。

「まさに早朝でないと撮影できない、霜が降りた景色です。庭全体ではなく、あえて霜を纏ったコケと紅葉にフォーカスを合わせました」

無鄰菴のSNSは、撮影担当と投稿担当が別の体制です。大島さんが撮影担当になったのは、2025年7月頃でした。 「撮影が得意なわけではないのですが…」と遠慮気味に話しますが、その飾らない視点こそが、お庭の自然な表情を捉えています。先ほどの写真も次の写真も、大島さんが撮影担当になって以来、印象的なものを選んでもらいました。

「以前から、朝の打ち水をした後の濡れた石畳を撮ってみたいなと思っていて」朝、開場前準備の物音が静かに響く中、しゃがみこんでシャッターを切ったと言います。

陽に当たれば儚く消える霜と、乾けば色合いを変える石畳。 この2枚はいずれも「今、この瞬間」にしか見られないお庭の景色です。それらを切り取り選ぶ感性からは、無鄰菴を「古き良き遺産」としてではなく、今この瞬間も自然の営みの中にあり変容を続ける「生きる文化財」として愛でるまなざしが感じられます。そしてもう一枚は、こちら。

開場前、母屋二階の窓辺に朝日が差し込む穏やかな光景。文化財といえど、もともと人の営みがあった場所です。そして今は、世に開かれた文化財として管理運営されながら、多くのお客様を迎え、呼吸し鼓動し続けています。そんな無鄰菴の日常の営みを感じさせるこの一枚からも、無鄰菴スタッフとしての大島さんが無鄰菴を生きる文化財として見つめていることが感じられるのです。

最も後世に伝えたいことは「想い」

「恐らく100年後は見える景色が今とは違うと思うんです。そもそも、現在の無鄰菴でさえ100年前と全く同じ景色というわけではありません。だからこそ職人さんたちは、現代の事情を踏まえた上で、造営当初の景色に近づけようと日々、手入れを続けています」

そう話す大島さん。今の景色は、今しかない。だから、お庭の変化にシャッターを切り続ける。そのまなざしは「自分の庭」として無鄰菴の景色を愛でていた山縣有朋のまなざしを追体験しているのかもしれません。

そのようなまなざしを持つ大島さんに、このお庭で最も後世に残したいと思うものは何なのかを尋ねてみました。

「ここを造り上げた山縣有朋と七代目小川治兵衛の『想い』です。100年後にどれほど今とは景色が違っていても、お庭を作った2人の想いがぶれずに伝わっていれば、無鄰菴は無鄰菴であり続けると思うんです」

変わりゆく文化財の変わらぬ想いを多くの人に届けたい。今日も静かな情熱をまとい、大島さんはお庭にレンズを向け続けています。

 

◎今回取り上げた無鄰菴のSNSはこちら↓ ぜひご覧ください。
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