無鄰菴の母屋は、明治の元老であった山縣有朋の別荘にしては、簡素な建物です。その理由は、あくまで主役はお庭であり、母屋はお庭を鑑賞するための空間として造営されたから。
そんな母屋でも、お庭と同様に景色を未来へとつなぐための『フォスタリング(育成管理)』がしつらえを通して日々脈々と行われています。
しつらえとは、季節や迎える客人に合わせて空間を飾り整えること。自然の移ろいを大切にする日本文化において、日本庭園に限らず、部屋の中に季節の変化を取り入れるひとつの手法とされてきました。おもてなしの心の表れとも言えるでしょう。
「無鄰菴で一番見ていただきたいのはお庭です。しつらえは庭の次、あるいはその次。」
そう語るのは、植彌加藤造園の社員でしつらえ担当の荒木香優さん。植彌加藤造園が無鄰菴の指定管理者となった当初から、無鄰菴に花をいけてきました。

お庭に向けていた視線を、ふと室内に向けたとき、床の間などの空間が淋しくてはダメ。でも、決してお庭に勝らないバランスで、お庭の次にお客様に見ていただける景色が、無鄰菴におけるしつらえのあり方だといいます。

その荒木さんが生み出すしつらえは、130年以上の歴史を紡いできた母屋に、時に現代の風をやさしく吹かせます。例えばクリスマス。洋とも和とも表現しがたい絶妙な佇まいのしつらえで、スタッフだけでなくお客様の中にもファンが。
「クリスマスのしつらえを始めた当初は『無鄰菴なのに、クリスマス?』という声もがあがったのは確かでした」

明治時代に造られた名勝庭園をのぞむ家屋であれば、その文化財としての価値から、いわゆる「高尚な」しつらえが筋のように感じるかもしれません。実際、荒木さんも当初はそうだったとか。しかし次第に、明治時代の空間とお庭の間に違和感が生じないよう、なるべく自然素材のものを使いつつ「少し可愛く、ほかにはない」唯一無二のしつらえへと昇華させていったのです。



歴史ある空間と現代の私たちの生活文化をつなぎ、文化財の魅力をはぐくむこと。これも『フォスタリング』に他なりません。さらにこの営みは、無鄰菴の空間だけでなく、文化の継承そのものへと波及していました。
荒木さんは無鄰菴以外の庭園施設のしつらえの仕事も抱えています。そのため、日々のお花のメンテナンスを、ふだんお花をいける機会のない若いアルバイトスタッフにお願いすることがあります。
そうした若いスタッフから「お花のメンテナンスを担当するようになってから、家で花を飾るようになりました」「祖母の家で、祖母がいけているお花のメンテナンスをしたら喜ばれました」といった報告をうけることがありました。つまり、若い世代が文化財のしつらえに触れることで、暮らしの中に日本の文化を取り入れていくようになったのです。



また、荒木さん自身も亡き恩師から「仕事で使って」と託された恩師のお母さまの花器を、無鄰菴のしつらえで使っていたことがありました。世代を超えて文化を手渡していく。その循環が無鄰菴という歴史的な空間をはぐくむことで生まれているのです。
最後に荒木さんに、私たちが日常の中で空間や景色をはぐくむことができる簡単な方法をたずねてみました。
「スーパーのレジ横で売っている花でも良いので、透明のガラスコップやマグカップに入れて、毎日水交換をして一緒に暮らしてみてください。花は一生懸命、こちらの気持ちに応えてくれてくれるので、情がうつってきます。」


「でもセンスがなくて」という声が聞こえてきそうですが、心配はご無用。置く場所、いける道具をある程度整えれば、「花をいけたい、飾りたい」という気持ちだけで、ある程度見られるものにはなると、荒木さんは言います。しかも、日常の空間をはぐくむことにより、無鄰菴をはじめとしたさまざまなしつらえが、どのような想いでいけられ、どのような状況にあるのかがわかってくるのだとか。
文化財、そして文化と日々の暮らしは、決して関わりのないものではない。私たちの日常の片隅ではぐくむ美しさが、そのまま名勝庭園の景色を未来へとつないでいく心へとつながっていることを、荒木さんのしつらえは教えてくれるのです。
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今回インタビューに答えてくださった、無鄰菴のしつらえ担当 荒木さんから、直接、季節のしつらえを学べる講座が開催されます。第一回は「月見のしつらえ」にチャレンジ。
詳細は下記タイトルをクリックしてご確認ください。
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