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初夏「アカマツの芽摘み:庭と庭師の静かなコミュニケーション」

2019年5月13日(月)

  いくつもの魅力ある景色を見せる無鄰菴の中でも、最も重要な景色といえる母屋からの眺め。その中心に堂々とした一本のアカマツがあります。この松木は庭園中央部の小高く盛り上がった築山のほぼ中央に位置し、しかも大きく池の上に傾斜して枝を垂れている非対称の樹形をもっています。そのため、母屋からみても、庭園を歩いてもこの松木は無鄰菴の景観に変化を与え、全体のバランスを支える重要な役目があります。

今回は、5月13日(月)に行われた、このアカマツの姿を成り立たせるための重要な手入れである「芽摘み」の作業を紹介します。

アカマツ芽摘み

(母屋から見たアカマツ)

「芽摘み」という作業は樹形の本来の美しさを発揮させるために、主に手で行う剪定作業です。松も樹木ですから、毎年春になると芽を伸ばし、そこから新しい葉が生え、環境が整いさえすればどんどん大きくなっていきます。しかし、お庭の中で、自由に大きくなるままにしておくと、空間構成が作庭の意図から外れていって、庭としての意味をなさなくなってしまいます。ましてや無鄰菴はその景色自体が文化財として国の名勝に指定されていますので、無鄰菴としての独自の景色を手入れによって育成管理する必要があります。
ですから、芽摘みの作業は、生育のスピード調整であり、景色をデザインするための行為でもあるわけです。

アカマツ芽摘み

(東側から見たアカマツ)

ではなぜ、この作業をわざわざ手で行うのでしょうか?無鄰菴の担当庭師出口健太に聞いてみました。
出口「芽摘みではまず、樹形を維持することを意識します。そしてアカマツ独自の葉の柔らかいイメージを引き出します。加えて背後にある風景が枝葉の間から透けて見えるようにして、アカマツの向こう側の景色を感じさせる演出をします。景色の中で比較的大きなこのアカマツの木の場合は、圧迫感をもたせずに、むしろ奥行きを感じさせる要素になる必要があります。また、大切なのは、無理に形を整えることではなく、この木本来のかたちの美しさを手入れによって引き出すことでもあります。そのため、樹木の状態を詳細に観察して、細かなバランスを調整するために、できるだけ木から多くの情報を受け取る必要があります。ハサミを使って剪定する場合もありますが、基本的には作業は直接木と触れ合える手で行った方が、効率が良いです。」

樹木の枝葉を調節して、まるで彫刻作品を創るような手入れですね。では、どうしてこの時期に芽摘みの作業をおこなうのでしょうか? 

アカマツ芽摘み

(無鄰菴 担当庭師 出口健太)

出口「アカマツの芽摘みは、新芽がまだ柔らかくて、手でつみ取れる。時期に行う必要があります。そうでないと、次第に芽が固くなり手ではなくハサミを使わなくてはなりません。先ほど申し上げたように、ハサミは使いにくい作業ですし、大きく伸びてしまった芽を取ると、どうしても枝先に、「人間に切られた」といった印象のわずかな不自然さが残ります。これは庭の中の目立つ木においては避けなければなりません。」

アカマツ芽摘み

芽摘みはこの写真のように、枝先の花ガラや芽をひたすら手で落としていく作業です。一見作業自体はそれほど難しくないように見えるかもしれません。実は、作業だけであれば初心者でも簡単に参加できるものです。しかし、全体のバランスを見た仕上げは経験を積んだ庭師にしかできません。
どうしてでしょうか。

どんな手入れでもそうですが、デザイン的な要素とともに、スピードが重要になります。芽を壊さないで速やかに作業を進めるために、何年も庭木と触れてきた経験からくる手の器用さが一つの要因といえましよう。庭師を見ていると、全体のバランスをとっているにもかかわらず、作業の途中で木から降りて、見え方を確認することはほとんどありません。頭の中と体の感覚で、自分の手入れが、今この木をどのような形にしているのかを常に把握しているのです。休憩時間に木から降りるときに、ふと振り返って見上げる程度の確認で済むようです。

アカマツ芽摘み

これには庭師がその樹木に体を反応させることで「対話」を重ねているからに他なりません。庭木と庭師の沈黙のコミュニケーションですね。

棒状の花ガラを全部取ってしまうと後に残るのは空に向かって伸びている
葉だけになります。このように、木の枝ぶりが徐々に綺麗になっていきます。
花をつけない木の場合は、伸びてきた芽を同じようにバランスを見て摘み取ります。

アカマツ芽摘み

また、梯子や胴綱を使って、松木の天辺から徐々に下へ降りて、この作業を行うので庭師は手だけではなく、体全身を空間に対して反応させています。以下のように、梯子や幹の上に乗って全身のバランスを保ちながら、確かで器用な手際で作業を進めるのは実に難しそうです。

アカマツ芽摘み

アカマツ芽摘み

このような樹木との沈黙の対話を重ねてこそ一人前の庭師になっていくのでしょう。さらに、一つの庭の手入れを複数の庭師で行う場合は、他の庭師の手入れと、度合いを合わせる必要があります。ここでは樹木との無言の対話に加えて、仲間同士のコンタクトが必要になります。

アカマツ芽摘み

アカマツ芽摘み

このような芽摘みのプロセスを経て、花ガラや新芽が重くついていたアカマツの木が、本来の柔らかい美しさを発揮し、無鄰菴への来訪者を迎えます。

お庭にお越しになった際は、この芽摘みの手入れを少し思い出して、松の様子をじっくり眺めてみましょう。そこには、人が自然に対して技を尽くして、その美しさを引き出す様がみて取れることでしょう。

アカマツ芽摘み

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