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晩夏 「無鄰菴のアラカシの除伐: 文化財庭園とパブリックとの境界線を守る庭師」

2019年8月26日(月)

庭園の中心部にある庭木にその近景と遠景を繋げる役割があるとすれば、外縁の庭木にも庭と一般社会との間を媒介する重要な役目があるといえます。
例えば、アラカシは葉幅が広いため外から庭を遮蔽するには適当な庭木であり、日本庭園において公道側に使われることが多いです。
ということで、今回は2019年8月26日(月)に行われた無鄰菴庭園のアラカシの除伐を取材しました。この日の京都は快晴。厳しい暑さの中での作業の様子をお伝えします。

まず以下の写真を見てください。このアラカシの二つの幹が外壁に乗っかってしまっています。
このままいくと幹が外壁に悪影響を及ぼし、最悪の場合は公道に倒れてしまいます。無鄰菴の外で大きな被害を及ぼすおそれがある――そのような危険な状況に気づくのも庭師の仕事です。庭の手入れがいかにその庭師の観察力にかかっているのかが良く分かりますね。

アラカシの除伐アカマツ芽摘み

(外壁に乗っているアラカシの幹)

しかし、無鄰菴のような文化財庭園では庭師の観察力だけで大規模な除伐作業を行うわけにはいきません。景観に影響しかねない大きな手入れは必ず文化財としての無鄰菴の監督官庁である文化庁、もしくは文化庁から権限を移管されている京都市に許可を得ます。

庭園管理における“除伐”について

ここで「除伐」という言葉が重要なキーワードになります。
「除伐」は伐採とは違って、完全に樹木を切り倒してしまう作業ではなく、何本か出ている幹など樹木の一部を切る作業です。

無鄰菴担当庭師の出口健太さんいわく、最初の関係者への打診から一週間後の8月26日に除伐を行う形でスケジュールを調整。
このようにスピードをもって対応するのが文化財庭園を守るうえでの習慣です。

除伐作業当日

そして迎えた作業当日。夏の特に晴れた日の暑さは、生身の人間である庭師の体力・集中力をじりじりと奪うもの。そんなコンディションの中でも、除伐作業そのものは大変スピーディーに行われていきます。

9時15分
出口さんが木のてっぺんまで登って、幹の上を左手で抑えながら、右手に持ったチェーンソーで木を切っていきます。幹が取れそうになったら、それを片手でちぎって公道の安全柵で囲われたスペースに置く。

9時30分
壁やアラカシの枝の上に立ちながら、除伐作業を続けます。これらの作業をする庭師がバランスを保つためには、自分の足と安全帯以外に何も頼れるものはありません。

アラカシの除伐

そこからさらに下がってハシゴと幹を跨ぎながら作業を続けます。9時45分には地面まで降りて、2つに別れた幹を切る段階へ。

アラカシの除伐
アラカシの除伐

9時50分
瞬く間に周辺は吹雪のように降るおがくずに覆われ、たった36分で除伐作業は終わり7メートルほどもあったアラカシの幹が10cmほどの株に切り下げられました。

アラカシの除伐

作業の各段階を通じて、出口さんは体の姿勢を何回も変えながら、幹を素早く切り落としていました。スピードが要求される作業だったにもかかわらず、出来上がったアラカシの全体像は不自然さをまったく感じさせません。隣の木との調和を見ても薄すぎず濃すぎない、程よい濃淡ができているのを感じ取ることができます。

アラカシの除伐アカマツ芽摘み

公道の掃除片付けもスピーディーに

またこのアラカシは公道に面しており、庭園から外壁を隔てた向こう側では車や歩行者が頻繁に通行しています。そのため除伐作業と同時進行で掃除・片付けもスピーディーに行わなければなりません。

今回この作業はサポートとして来ていた植彌加藤造園の庭師見習い・安藤さんが担当。歩道ではブロワーでおがくずを固めて、繊細な作業用の手ぼうきで外壁を掃除。また道路のおがくずも通行する車に注意しながら大ぼうきで掃除をします。

アラカシの除伐アカマツ芽摘み

アラカシの除伐アカマツ芽摘みアカマツ芽摘み

アラカシの除伐アカマツ芽摘み

歩道を全面的に覆っていたおがくずがあっという間に片づけられます。

10時00分
作業開始から45分。庭師にとっては休憩も不可欠。これだけの作業を終えた後、2人の休憩時間はいつもより静かに過ごされているように感じました。

担当庭師に聞いてみました

除伐作業を取材することで、時間と体力の限界と勝負をしながら仕事をする庭師の姿をうかがい知ることができました。規則正しい一つ一つの動作の中にも緊張感が込められている、それが労力の面でも、判断力の面でも難易度が高い作業であることが伝わってきます。

これについて出口さんに聞いてみるとうなずきながら答えてくれました。

「やはり高いところでチェーンソーを使っていると、ちょっとしたミスで怪我もしますし、道具や樹木を痛めたりもしますので。経験や技術は必要ですね。
それと高木の作業は低木の剪定と違って自分自身が木に登るので全体が見えません。樹の形がイメージできていても思った通りになっているかの判断はなかなか難しいですね。」

――イメージ通りとは?

「濃淡ですね。印象が濃いか薄いかによって自分の思ったイメージ通りにできているかどうかが決まると思います。」

――素人がパッと見てその違いが分かるでしょうか?

「感覚的な部分なので一般の方ではその違いが分からない人もいると思いますが、庭師ならばわかると思います。」

なるほど。庭師は鍛えられてきた技術だけではなく、築き上げてきた感覚で庭を守っているのです。

除伐作業に必要となる技術や感覚を養うには何年ぐらいかかるものなのでしょうか。その点も出口さんに聞いてみました。

「やっぱり、何回か危険な思いや失敗を繰り返しながら学ばないとなかなかできません。年数というよりも様々な経験をすることが自信にもつながります。
もちろん自分も失敗は沢山してきていますし。怪我をしたりとか、木から道具や枝を落として道具や建物を壊したりとか…。そうした経験をしてより緊張感を持った状態・リスクを意識して作業に取り組むことが身についていったように思います。」

“経験”とは年数ではなく失敗から学んだ数、ということですね。失敗が許されない文化財庭園の手入れには技術面でも感性の面でも、様々なハードルを乗り越えてきた庭師の存在が欠かせないことを感じさせてくれる言葉です。

取材を終えて

冒頭で紹介したとおり、今回のアラカシの除伐は幹が外壁に乗っかっている部分が見つかったことがきっかけだったようですが、例年8月末の手入れは庭を環境の変化から守るという意味もあるようです。
出口さんによると、この時期の主なお手入れは水撒き、樹木の剪定、芝刈り、そして除草。そしてこの時期に行う高木の除伐は「台風対策という目的もある」そうです。

「今年もこれで台風対策はできたと思います、大丈夫だと思います。」
やっと得られた安心感が出口さんの言葉から伝わってきました。庭師さんのこの思いによって無鄰菴の風景が支えられています。

アラカシの除伐

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