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MINI 2019年 8-9月号

昨日の自分とつながる。
自分のいない未来と出会う。
現代の時間感覚を超えることで見える自由な世界。

さらさら通信MINI 2019年 8-9月号

無鄰菴で約2年にわたり、能楽の講座を担当する若き金剛流シテ方能楽師、宇髙竜成さんにインタビュー。
ダイナミックな能の世界には、
充実した日常を生きるヒントがたくさん。

Q. 能楽師としての、夢や目標はありますか?

自分がいなくなった世界で、どうやって次の世代の人がさらにその先に技をつないでいけるのか、を想像できるようになって、その上で技を伝えることができる立場になれたらいいなと思います。ところで、「夢」という言葉が能の世界でもつ意味は「目標」とは違います。「儚さ」「死んだらそれまで」「あの世には何も持っていけない」などの無常の意味が強いです。だいぶダウナーな感じがしますが、これって一概にネガティブなことじゃ無くてリラックス効果もあるんです。

Q.「無常」のリラックス効果、ですか・・・?

はい。現代社会で言うところの「夢」には先ほどの目標のように、ある成功のイメージがすでにあり、そこへ向かっていくモデルが常にあると思います。ゴールが100点と決められているようなもの。もっと言うと、みんなが幸せにならなきゃいけない、絶対成功しなきゃいけないみたいな固定観念が透けて見える。緊張を強いられている状態とでもいうのでしょうか。一方で能の夢には、今の自分以外の事象に目を広げさせるベクトルがあります。自分が死んだ後の世界を想像すること、あるいは過去の自分を他者として捉え直すことなどです。ドラえもんにも昨日の自分に会いにいく話がありますが、これってすごく能っぽいと思うんです。皆さんも、少し疲れた時、ご自分の時間がまっすぐに未来に向かうだけではなくて、過去や、他の人や、別な場所に流れている別な時間を想像してみてください。少し気持ちが楽になります。

Q. 別な時間を想像するって、舞台でもやっていますか?

「離見の見(りけんのけん)」という能楽を大成した世阿弥の言葉があります。舞台の上で演じる自分から離れて、観客の立場で自分の姿を見ることが大切だ、という意味です。ビデオを撮ってみたらそれでいいというわけではなく、演じつつ同時に観客の目線も自分の中に持つことです。これは上演という一つの時間の中に限定されたことだけではないと私は考えています。自分が死んだ後の世界や生まれる前の時間のことを想像することも、一種の「離見の見」だと思います。

Q. 究極の想像力ですね!

そうかもしれません。でも、無鄰菴というこの庭を造った山縣有朋もそうだったのではないでしょうか?有朋が無鄰菴を造る前からあった草川や、東山を庭に取り入れる時、きっとそういう時空を超えた想像はしたと思います。そう考えると、この世に自分だけのものだといえるものは、実はほとんどありません。いかに今の自分が、自分以外のものとつながっているのかを考えることは、心に余裕が生まれますし、クリエイティブになる源でもあります。お能の舞台に立つことは、習得したカタを毎日失い続けることでもあります。日々変化し続けている自分に対して新しいカタを得続けているようなものです。苦しい時もありますが、そういう時、別な時間を想像することから生み出されるものを信じています。

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