さらさらとは。無鄰菴の施主 山縣有朋が詠んだ歌「さらくと木がくれつたひゆく水の流れの末に魚のとぶみゆ」にちなんでいます。
無鄰菴を途切れることなく流れるせせらぎのように、ここでの出会いが庭園を未来に育む流れとなりますように、名づけました。
朝の庭園に、柄杓とバケツを持ったスタッフがひとり、あちこちと忙しそうに歩き回っています。何をしているのですか?「手水鉢の水をとりかえています。毎朝やることで藻が生えたり虫がわいたりすることを防ぎます。それから、表玄関や飛び石に打ち水をしています。」打ち水とは、掃除の後のホコリを洗い流すためでもあり、お客様をお迎えするための準備が整っていますよというサインでもあります。
朝一番、やはり水を打った軒先はピシッとしまって背筋が伸びます。一日のはじまり。南禅寺界隈はあちらこちらで打ち水の光景が見られます。
玄関に新しい板石をはる工事を行いました。ぴったりと美しくはまるように石を加工するのも庭師のしごと。しかし、この技術なかなか難しいのです。
道具だけでもこんなにたくさん。それを的確に選んで狙った通りの方向に石を割れるようになるまでには時間がかかります。先輩から若手へ、道具の使い方を一つ一つ見せながら、こうして技をつないでいきます。足元にはられた石をみたら、それを行った人がいることを想像してみてください。そこには必ず隠された意図やユーモアが見えてきます。読み解いていくのが、また楽しみになりました。
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